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第522話 ゴゾ島にて(後編)

バスの前で待って居たのは落ち着いた雰囲気の中年女性のガイドさん。

言葉に不慣れなのはわかっているらしく、ゆっくりとわかりやすい英語で

僕にとっても多少なりとも理解しやすい。

今は自由時間であと15分ほどで出発だから、それまで写真を撮ってくるか

売店でお土産とかアイスでも食べてらっしゃい、とのこと。

ここはゴゾ島の中でもハイライトのひとつ、

自然の大造形『アズール・ウィンドウ(紺碧の窓)』じゃないの!急げ!

高さ40メートル以上はあろうかという巨大なアーチを前に感動に浸っていたかったけど、

そんな余裕すら無く、ひとまず写真だけは撮りまくってきた。

時間があればボートに乗ったり、あのアーチの上にも行ってみたかったなぁ。

……海からの強い風と波の浸食により崩落の危機に直面していると言われていた

世界遺産でもあるアズール・ウィンドウ。

実は先日の国際ニュースによると、数日続いた嵐によりついに崩落してしまったらしい。

数世紀に渡っての観光名所を崩落前に訪れることができてよかったというべきか、

崩落してしまったことを惜しむべきか……。

バスに戻るとツアー客は22、3人くらいだった。

やはり欧米人しか……ひとりだけ黒人女性がいて、

僕が合流したのを満面の笑みで歓迎してくれている。

こういうときにやたら陽気なアメリカン、かな?には救われた気分だわ。

少しだけバスで移動して、そこでランチと休憩の時間。

ランチは6人掛けのテーブルにグループ分けされるんだけど、

『ユーはアローンだからNo.2のテーブルへどうぞ』と指示されたのが

5人のファミリーの中にお邪魔させてもらうような形になった。

パパ、ママ、と14歳、7歳、5歳くらいの3姉妹という構成の中

基本的には僕は笑みを浮かべているだけで精一杯だ。

パパはおそらく僕よりも少しだけ年下だけど、

随分と大人の男に感じる頼もしさと余裕がある。

『白ワインはいかが?』とか『飯はうまかったか?』とか

気を使ってくれたり、軽いジョークを言ってくれるのがありがたい。

聞けばファミリーはイングランドからやってきたようだ。

白人一家だけど、厳密には奥様はメキシコ人とのこと。

言葉は満足に交わせないけど、午後からのツアーは

家族とご一緒させていただくことになった。

ひとりぼっちの居心地の悪さから救われた思いだ。

ゴゾ島の中心地ヴィクトリアの狭い小道をそぞろ歩き。

このツアーでも子供たちといえばこのファミリーしかいなかったので、

何かと周囲のおじさまおばさま方にチヤホヤされているみたい。

それにしても14歳くらいのお姉ちゃんは

往年のエマ・ワトソンみたいでかわいかった……。

ちゃんと1枚くらい写真を撮らせてもらえばよかったなと激しく後悔。

マルタ島とゴゾ島はヨーロッパと中東の中間にあり、

船の水や食料の補給地として重要視されることから、

十字軍とイスラムとの間で何度も戦乱に巻き込まれ、

それが故に主要な街がこの地の領主たちによって要塞化されている。

……これらの歴史は日本語音声付きの『ゴゾ体験ショー』によるもの。

チッタデル大城塞。

平坦なゴゾ島の小高い丘にそびえる城塞都市。

イスラムの襲撃に備えて領主が私財を投げ打って完成させたのに

住むには不便だったから、あまり住人が定着しなかったそうだけど、

なんと第二次世界大戦においてもイギリス軍の要塞として機能していたそうだ。

高い城壁のあちこちに古典的な砲台が備え付けられている。

実際にドイツ軍の爆撃も受けたらしい、とはパパの説明による。

要塞中枢の貯蔵庫は天井が低くなっているから気をつけて、とはママの注意。

なんとなくその場の状況とニュアンスで

英語が理解できるようになってきた……のかも。

行きは一人で心細く乗船した船も、帰りはファミリーと一緒。

カタコトながらも『どういう経路で来たか?』とか『もう海で泳いだ?』なんて

他愛のない話をできるのがこの上もなく嬉しい。

だけど僕の英語なんてきっと

『ヒコウキ ノッタ オオサカ ソシテ イスタンブール コウタイ マルタ』

くらいものだろう。

どうせなら僕が英語に不自由している姿だけでなく、

まともな人間だと証明するために流暢な日本語を披露してもよかったかも。

フェリーが港に着いたらツアー御一行は

各ホテルに向かうマイクロバスに分乗して解散

さよなら赤毛のおばさん。

ありがとう黒人のお姉さん。

そして今日一日お世話になったイングランドのファミリーとも

僕の滞在するホテルに到着した時点でお別れ。

気の利いた一言でも言えたらよかったのに、

僕ときたら『サンキュー』の連呼と

日本語で『さようなら』くらいのことしかできなかった。

だけど窓越しにいつまでも手を振っていてくれたから、

感謝の心は感じ取ってもらえたんだろうと思う。

言葉が英語がしゃべれたらもっと感謝を伝えられるのにって思うと同時に

そんなことできなくても心は通じ合うんだということも学んだツアーだった。

ホテルに着くと、出発前には手違いでできていなかった

オーシャンビューの部屋への移行はバッチリ完了していた。

これから数日はいつも海辺の教会の見える部屋で過ごすことになるのです。