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3月3日

昨日、映画 「この世界の片隅に」を

見させて頂きました(^^)

広島を舞台にした戦争映画。

戦争映画は見たくないんですけど、この映画は見ないと僕が先に進めない気がしたんです♪

この映画の舞台は広島の呉。

海軍の町です

僕のルーツになる1つのお話です(*^^*)

亡くなった祖母から聞いた話

祖母の父(僕の曾祖父)は呉の出身で

大阪にて呉服屋を営んでいたとの事

祖母は生まれた頃からお嬢様

家に何人ものお手伝いさんがいて

祖母にも二人のお手伝いさんが付いて

学校には車で送り迎えだったそうです。

明治、大正の時代に車って!

どんな大富豪?って感じですが(笑)

戦争が始まり、空襲が始まると

大阪から広島の呉に疎開するか

広島の山奥の親戚方に疎開するか

運命の分かれ道だったそうです…。

いつ何時 生きれるか 死ぬかの時代

曾祖父は呉より山奥を選び

山小屋のような納屋での生活

お金があっても

何もない時代…。

闇市があるのも限られた一部。

祖母からしたら、大富豪の生活から一変でしたが

生きてるだけで有り難いと思えた時代だったそうです

昨日、映画館には年配の方や車イスのおばあちゃまの姿もあり 上映中 涙されている方々もいらっしゃいました(;_;)

もし、曾祖父が疎開せずに大阪にいたら…。

もし、曾祖父が呉に帰っていたら…。

もし、山奥に疎開していなければ、今は無かった。

祖母がいた山奥でも

原爆のきのこ雲が見えたそうです。

祖母が生きていたお陰で、今 僕がいる。

先日、縁結びの神社に行かせてもらったんです

縁結びと言うと

まず、男女の恋愛が思い浮かびますが

人との縁

物との縁

土地との縁

色んな縁の中で生かされ

生きていることを感じます

もしも、祖母が広島の人じゃなかったら?

戦争や生きる事について

深く知ろうとは思わなかったはず…。

僕が被爆三世だから 腎臓病になったのか?

昔は色々考えたり、もしも〜を想像したけど

今は今がある事を

有り難いと思わせてもらえる人に出会えたし

生かされいる今を

生きる事を楽しもうと

思えるようになれたんです(*^^*)

思わせてくれる人

思えるようになれたこと

他人からどんなに影響を受けても

変わりたいと思ってない人は立ち止まったまま

生きていたら立ち止まりたくなる時もあるから

好きな時に歩み出したらいいと思う

長文にお付き合い頂き

ありがとうございました(*^^*)

素敵な桃の節句になりますように

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